The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

ビリヤードの話

特に上手な方ではないし、上手ではないためによく知っている人に話を振られたら困るので、たとえば履歴書の「趣味」欄に書くこともないが、ビリヤードが好きだ。

ビリヤードにも実はいろいろあるのだが、日本で一番メジャーなのは(そして一般に「ビリヤード」と言われて想像するのは)ポケットと呼ばれる種類のもので、白い球を長い棒で撞いて、番号のついたカラフルな球を落とす、あのビリヤードのことだ。私もそれしか知らない。なお、白い球を「手球」、長い棒を「キュー」、カラフルな球を「的球」と呼ぶ。

ポケットでよくプレイされるルールとして、ナインボールとエイトボールがあり、使う球の個数からして異なるのだが、自分がミスをしなければプレーを続行できるという点は共通しており、自分が先攻ならば理論上は、そのまま相手に球を撞かせることなくゲームに勝利できる。これを俗にマスワリと言って、上級者はできるものらしい。

つまり、(ポケット)ビリヤードにおいては、少なくとも自分の順番が回ってきた段階で、もはや相手のプレーは関係なく、そこからは己の手技だけが要求される。何か余計なことを考えれば失敗する。私は到底そんなレベルではないが、その緊張感が心地よい。ビリヤードはよく「究極のメンタルスポーツ」などと言われるが、このような仕組みの競技だからだろう。

キューを持つ。チョークをつける。構える。手球を撞く。手球が的球に当たる。そのひとつひとつの動作の結果が、球がぶつかる快い音とともに即座に的球の軌道として反映される。的球がポケットに入るかもしれない。あるいは他の球に当たるかもしれない。クッションする(ビリヤード台の枠で球が跳ね返る)かもしれない。それが狙い通りならば気持ちいいし、そうでないならば何かが間違っているということだ。

だからビリヤードは、快活なスポーツというよりほとんど科学実験か、あるいは修行のように感じられる。私は運動神経がてんでなく、ほとんどすべてのスポーツを好んでいないのだが、それでもビリヤードが好きなのはそういう性質によるのかもしれない。ほとんどのスポーツは興奮や熱狂のなかでプレーしているように見えるが(いや選手は実際には冷静なんだろうと思うが)、ビリヤードはどこまでも淡々としていて落ち着く。

ビリヤードに運動神経が要らないのか、と言うと、あるに越したことはないのだろうが、ほかのスポーツほど要求されない、という実感がある。たとえば自転車に乗るにも運動神経はあった方が習得は早いだろうが、大抵の人はとりあえず不自由なく乗れるようになる。そういう感じがする。

自転車の乗り方と同じように、ビリヤードにも決まったフォームのようなものがあって、それを身につけることさえできればとりあえずある程度はできる。私は無手勝流のフォームなのできちんとしたフォームを身につけなければいけないと思っているが、まあその程度でもとりあえずプレーできる。

謙遜とかではなく、本当に大してうまくないので(ほとんどの人は私と同じ時間だけビリヤードをプレーしていたら私より遙かにうまくなっていると思うし、まずそんなに熱心にやっているわけではない)、あまりこういうことを述べる資格もないのだが、どちらかというと重要なのは目ではないか、という気もしている。視力というより、空間を正確に把握する能力というか。それがあったら有利だろうな、と思う。ちなみに私はそれもあまり良くないと認識しているが気にせずプレーしている。


ビリヤードを最初にプレーしたのは大学に入ってからだっただろうか。高田馬場・早稲田界隈は学生街ゆえ安いビリヤード場がいくつかあり、そして煙草が吸えたので、喫煙者の友人とのんびり煙草を吸ったりしゃべったりしながら何度も夜を明かした。夜を明かさないまでも、ちょっと空きコマが共通していれば大学の正門から歩いて3分のビリヤード場に撞きに行くというありさまだった。

二人ともまったくの初心者だったのだが、初心者が来ることを想定しているようなビリヤード場(たとえばネットカフェと一緒になっているところなど)は、親切にもルールやフォームの説明が書かれたチラシがあり、そうでなくても今時はスマートフォンで調べればわかることだったのでなんとかなった。

そこで熱心にはまる人は、たとえばビリヤードのサークルに入ったり、周りのプレーヤーに教えを請うたり、自分のキューを買ってビリヤード場に置かせてもらったりするのだろうが、二人ともそこまでのはまり方はせず、ただ素人同士でなんとなく球を撞いて、球がぶつかる音がすごくいいとか、煙草がうまいとか思ったり、まぐれでも「狙い通りだ」と強がってみたりするだけの時間を過ごしていて、いまでもほとんどそうなのだが、思い出したようにYouTubeなどでプロの解説動画などを見る程度の向上心は持つようになった。


ビリヤード場の常連の皆さんみたいに熱心に研究しているわけでもなく、そもそもいまは数ヶ月に1回くらいしかプレーしないのだけど、それでも十分に楽しいし、残念ながらほとんどのビリヤード場は今では禁煙になったけども、一生ゆるく付き合っていけそうな趣味ができてよかったと思っている。ビリヤードを一緒にやり始めた友人はいま神戸におり、なかなかプレーする機会もないので、ビリヤードに興味がある人はプレーしに行きましょう。うまい人は教えてください。