The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

愛と効率のC&C 新宿本店

2年生の終わりまで大学に通うとき京王線の新宿駅を使っていた。西口地下広場に向かう改札を抜けるとC&Cの新宿本店がある。

C&Cは京王電鉄の系列会社が運営しているカレーチェーンで、店舗のほとんどが京王線や井の頭線の沿線にあるためそれらと縁のない人にはあまり知られていないが、ココイチなどと比べても低廉にカレーやトッピングを楽しむことができる。

特に新しい店舗はわりと広めで、テーブル席などもあって比較的落ち着いた雰囲気なのだが、新宿本店だけは立ち食い形式で、メニューの種類が少なく、また価格も一部安くなっている。立ち食い形式ということもあって、またターミナル駅の改札直結という立地もあって、かなり殺伐とした雰囲気があるのだが、私はそれが好きだ。

店の外に列をなしている場合もあるが、回転は極めて速いのですぐ順番が回ってくる。入口右手にレジがあり、ほかのC&Cは食券制なのだが新宿本店では口頭でメニューを伝える。そうすると店員さんが置いてあるマイクに向かって「唐揚カレーでーす」などと注文を繰り返し、それによってレジの奥にある厨房に注文が伝達される。レジの向こうにはちょっとした台があり、そこにも店員さんが待ち構えている。

その店員さんの役割は席までの案内と配膳、片付けである。注文を終えるや否や「右手奥の席にどうぞ」などと案内されるので指示に従う。大体指示のある頃にはカレーができあがりつつあり、厨房の人は台までそれを運ぶ。そうすると店員さんが台から席に持ってきてくれる。このような効率化されたオペレーションのため概ね入店から食事までは1分程度である。

カウンター形式の席には水の入ったピッチャー、福神漬、紅しょうが、紙ナプキンが1人につき1つずつ置かれている。よくラーメン屋などで、調味料やカトラリーが数席に1つしか置かれていないことがある。そうすると、座席次第では隣の客に遠慮しつつ胡椒やらニンニクやらラー油やらレンゲやらを取るはめになり、ややストレスであるが、ここではそのようなことはなく、水も福神漬も思う存分好きなタイミングで利用することができる。

さて肝心のカレーはと言えば黄色っぽいポークカレーであり、28種類のスパイスが煮込まれているというが、特に辛いというわけでもなくおそらくたまねぎに由来すると思われる甘味もある。全体的によく煮てあって具はほとんどないが肉は小さいながら形を保っているのが嬉しい。

食事後は食器などを返却棚に戻す必要はない。配膳をする店員さんが片付けと清掃もやってくれるからで、新宿本店は客の練度に期待するのではなく従業員が作業をすることで回転を早めるという思想のもとに営業されているのだと思う。


この一連のオペレーションがもっとも迅速なのは、私見では朝の時間帯である。午前11時まで、新宿本店ではご飯やルーの量が少なめの「朝カレー」を提供している。「朝カレーA」はソーセージがトッピングされていて380円、「朝カレーB」は新宿本店にしかない「ポークスティック」と温玉がトッピングされて470円である。私は常に朝カレーAを頼んでいた。

客の方も、朝っぱらからカレーを食べようという猛者が集まっていて、またなにかと忙しい時間帯でもあるので、だいたい熟練で端的に「朝カレーA」しか言わない。そうすると店員さんはマイクに「Aです」と言う。そうすると驚くほどの手際で調理されたAが台に置かれる。客のほとんどは背広を着た男性で一心不乱にカレーと向き合い、ものの数分で店を後にする。

1限や2限に行くことは私にはとても困難だったが、たまに行けるときはむしろかなり余裕を持って行っていて、そういうときは大体お腹も空いているので私は頻繁にC&Cで朝カレーを頼んでいた。そこには「24時間、働けますか」などと歌われた頃を彷彿とさせる、古き良き企業戦士としてのサラリーマンたちの姿があり、その空間でカレーをかき込んでいると、カレーという食事の性質も相まっていささか活力が湧いてくるような気がしたものだった。

そういった空気のなかでも客同士のコミュニケーションが生まれることはあり、私は店を後にする背広の中年男性に「これいる?」と言われてC&Cのサービス券をもらったことがある。先方は私の返事を待たずカウンターにそれを置いていった。サービス券は注文ごとに必ずもらえ、何枚か貯めると枚数に応じたトッピングと交換できるという代物で、私は朝カレーばかり食べていたものだからトッピングをつける余裕もなく財布に十数枚貯まっていたことがある。

サービス券は大学2年の夏ごろに姿を消し、スマートフォンを使って各席に置かれた端末でなにか操作をするとポイントがたまるという仕組みに変わったが、そのような悠長なシステムは新宿本店にはそぐわないものであり、実際、(偶然かもしれないが)それを使っている客を見たことはない。

また新宿本店だけのサービスとして、らっきょうのトッピングが無料で、つい先日までは福神漬などと一緒にらっきょうが置かれていた。私はらっきょうをそんなに好まないのでそれを利用したことはないのだが、いざなくなってみると特色がひとつ失われたようで悲しいものである。これも例の感染症がもたらした数ある災厄のひとつなのだろうか。

朝カレーAも以前は350円くらいだった気がするし、私の短いC&Cとの付き合いのなかでも多くのことが変化しているが、それでもカレールーは不変であり、店員さんの身のこなしは洗練されていて、応対は決して乱雑ではなくとても丁寧であり、トッピングの唐揚げはチープな味である。店内も多少殺伐としている一方で、客はカレーを素早く食べることのみを要求されているので安心して流れに身を任せられる、というスタイルは相変わらずで、私はこれからもここでカレーと向き合い続けるのだと思う。