The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

下北沢・ハードロックカフェ

ハードロックカフェという、ハンバーガーなどアメリカ料理を出す店がある。世界中に展開していて、日本だと六本木や上野で見たことがある。ロゴと店のある地名が記されたTシャツが、国内国外問わず各店舗で販売されていて、それをコレクションしている人もいる。

先日、アロハシャツでも買うかと下北沢の古着屋を見ていたところ、そのハードロックカフェのTシャツが並んだコーナーがあった。グアム、サンディエゴ、コペンハーゲン、ジャカルタ、大阪など世界各地の、いろいろなデザインのTシャツが置かれていて、こんな種類たくさんあるんだとか、これに4,400円出さないなとか思ったりしながら興味本位で見ていたら、店員さんが話しかけてきた。

その古着屋は大阪(たぶんアメリカ村あたり)が発祥のようで、店員さんも関西のアクセントだったためか、なんと言っていたかぱっと聞き取れなかったのだが、「あ、はい」と適当に受け流すと、「結構集めてらっしゃったりするんですか?」と尋ねられる。なるほど。

おそらく最初に言っていたのは「ハードロックカフェ好きなんですか?」とかその類の質問なのだろう、と理解した。俺はもうこの店員さんにはハードロックカフェが好きな人間として認知されている。この文脈なら、そのTシャツが好きな人間として認知されているのかもしれない。この状態で「集めている」と答えれば、見込み客としてもっとプッシュされるかもしれないし、かといって完全に否定するとそれはそれで奇妙な人間である。

というわけで、「え、まあ、少し……」と微妙なぼかし方をする。実際にはハードロックカフェは別に好きでもないし、Tシャツなんか1枚も持っていないわけだが、後から思えば、この返答だと結構集めている人間が謙遜して答えているように聞こえる気がする。店員さんもそう思ったのかもしれず、「世界中のですか?」と追い打ちをかけてきて、「いえ、あの国内ですけど。機会があれば」みたいな訳のわからないコメントをする。

こうして、俺は晴れてハードロックカフェのTシャツ(国内のもの)を機会があれば集めている人になったのであった。店員さんは営業スマイルを崩さず「そうなんですね〜、たくさん揃えてるのでごゆっくりご覧ください!」と言ってどこかへ行った。俺は洋服が並ぶ狭い店内を縫うようにして店を後にした。

夜風はぬるく、街には流行病など忘れたかのような陽気な若者があふれ、道のあちこちで車座をなして酒を飲んでいた。それでもカルディの店頭にはコーヒーを勧める女性店員がいない。俺は、つく必要もない噓をついてしまった、と思いながら喧噪を通り抜けた。暑い夏だった。きんきんに冷えたコーラが飲みたかったが、下北沢にはハードロックカフェはなかった。