The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

ワクチンについての所感

いつ打てるのだろう、とずっとやきもきしていた新型コロナウイルスワクチンの接種も進んできて、もしかすると年越しはマスクなしで過ごせるかもしれない、という程度の展望は見えてきた。

ワクチンというのはもとより頻繁に議論の的になるものだが、今回のワクチンは、現在パンデミックを引き起こしているウイルスを対象にしたものだから、誰もがそれについて考えて、なんらかの決断をせざるを得ないために、余計にそうなっている。

できるだけ早く受けたいという人もいれば、不安がある、という人もいるだろうが、私の観測範囲では前者、少なくともワクチンについてかなり肯定的な人の声が大きい。

私自身も、科学の方法というものを基本的に信頼していて、特にmRNAワクチンについてはリスクとベネフィットを比較したとき後者の方が圧倒的に大きいと判断しているので、そして一刻も早く現下のどうしようもない社会状況から抜け出したいと考えているので、少しでもそれに近づけるよう、順番が回ってきたら今のところ打つつもりではある。

しかし気になるのは、ワクチンについてあまりにも無条件に肯定しすぎているのではないか、と感じられる言説がときどき見られることだ。そして、ワクチンについて不安に思う人の気持ちを黙殺するか、ともすれば「陰謀論に踊らされている」とか「反ワクチン」とか簡単な言葉で切り捨ててしまうような空気が生まれていて、「せっかくワクチンでコロナからおさらばできそうなのに足を引っ張っている奴」という敵視すらあるように思う。

私にはそういった態度は単なる思考停止に見える。それは、科学の方法からもっとも遠い態度じゃないだろうか。


「専門家」の言うことを信じて疑わず、それが本来持っているリスクについてほとんど誰も検討しなかった結果が、福島原発の事故だと思う。

もちろん、原発とワクチンは違う。でも、原発も、人類社会にとって善良な目的を掲げて開発され普及し、そして多くの専門家は、海外で度重なる原発事故があっても「日本の原発は安全である」と口を揃えた。そして、それは誤っていた、ということがわかった。

科学は人間の営みで、当然誤る。誤らないから科学を信頼できるのではなく、誤りを訂正する仕組みを持っているから信頼できる。そしてその誤りを訂正する仕組みも、政治や経済、あるいは自尊心など他の要因が介入すれば、容易に働かなくなることがある。

そういうことを、我々は原発事故で学ぶべきではなかっただろうか。いまワクチンを礼賛している人は、ほとんど科学を信仰しているように見え、それは陰謀論者と同じくらい、科学的態度というものを持っていないのではないだろうか、と思う。


現代の科学はあまりに細分化が進み、かつ高度なので、誰もすべての分野についての専門家にはなり得ない。だから、当該分野の専門家の主流意見にとりあえず従っておく、というのは基本的には賢い処世術だろう。私もほとんど森羅万象についてそうせざるを得ない。

例えばワクチンについて、自分でリスクやベネフィットを判断しようにも、生物学や医学の知見がなければかなり難しい。そしてそれを素人が判断しようとすれば、科学的に正しいとは言えなさそうな主張をしている「専門家」の意見に踊らされてしまうかもしれない。その「専門家」の意見が正しそうかどうか判断するための知識がないし、それは一朝一夕には身につかない。

それで陰謀論に与することになるくらいなら、偉そうな人の言っている、主流の、正しそうな意見に従っておけ、というのはわからなくはない。実際大抵の場面においてそれが結果的にも正しいだろう。

誰かが、自分の頭で考えようとした結果、陰謀論に与することになり、そして落とさなくて良い命を落とす人がいるのかもしれないのだから、この問題はとても難しい。


それでも人は、何事をも盲信せず、ある程度自分の頭で考える余地を残したほうがいいと思う。ワクチンについて不安な人、慎重な態度を取る人はいるべきだし、事実いるのだし、それを簡単に一蹴してしまうことのほうが、ワクチンを打たない人がいることより恐ろしい。人間のつくったすべてのものと同じように、ワクチンはおそらく完璧ではない。だから、程度問題になるが、それについて懐疑的な目線は存在しているべきだと思う。そうでなければ見過ごされるものがあるだろう。

最初に述べたとおり、私自身は今のところワクチンを打つつもりである。でもそれは、いろいろな考えやデータに触れ、個人的に打った方がいいだろうと判断した結果に過ぎず、それが本当に正しいのかどうかは、私にはまったくわからない。というか、本当に正しいという確証はどこにもないだろうし、これからもないだろう。ただ、正しそうだ、というデータや論理が積み重なっていくだけだ。

ワクチンのこともよくわからないが、コロナのこともよくわからないのだし、まあそれなら打った方がいいかな、というレベルの判断をしているだけで、こんな適当な判断を他人に押しつける気になど到底なれない。

そして私よりは多くの知識を持っているにしても、大抵の人はおそらく生物学や医学の専門家ではないだろうし、だからこそワクチンを救世主のように信じる人もいれば、ワクチンを打つとマイクロチップが体内に組み込まれると信じる人もいるのだろう。後者の考えを他人に広めたり押しつけたりするなと言うのであれば、前者の考えも他人に広めたり押しつけたりする種類のものではないように思われる。