The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

部屋の天井を初めて触った話

タイトルと全然関係ない話から始めて恐縮ですけれど、私、Twitterではウィットに富んだ(と自分では評価している)ツイートと真面目くさったツイートを半々くらいにしていると思ってるんですが、noteとかブログとなると気取った文章ばかり書いているんですよね。お前は村上春樹かと。「もし村上春樹の小説の主人公が発達障害だったら」という感じの文章なわけです。「やれやれ、僕は遅刻した。」てな具合なわけです。あとは政治の話とかをずっとしている、そういう感じです。

でも実際に私と知り合いの方ならわかると思うんですけど、現実の私はかなり不真面目というか、まあ一見不真面目だし、根も不真面目なんですよ。私だって例えば採用面接だったら猫被りますよ多少は。でも仲良くなればなるほど「あ、こいつ実は『うんち』とか言うの好きだな」とかそういう下劣な幼児性も出てきてしまうわけですよね。誰でもそうだと思いますけど。そういうのを恥ずかしいからインターネットで大っぴらにご開帳しないだけでね。まあたまにインターネットでもご開帳してしまうんですけど。例えば横浜にドスケベワールドっていう、まあ店名の通り下のお店というか、SMのお店がありまして、そこのホームページなんかめちゃくちゃ面白いからスクショ付きでツイートしちゃったしね。

で、ここで一旦本題に戻らせていただいて、何の話かというと、部屋の天井を初めて触ったんですよ今日。自分の部屋の天井。
というのも、善良な小市民の皆さん同様、私もそれなりに外出を自粛しているわけなんですが、それで椅子に座ってネットサーフィンなんかしていると、いくら私がバロンみたいな高級オフィスチェアに座っていようとも腰とか首とか腕とか足とかがもうボロボロになるわけですよね。いい椅子を買って気づいたんですけど、いい椅子は必要だけど、まず体が根本的に脆弱だからいい椅子だけでコリとか疲れをなんとかしようというのは土台無理な話でした。でも中古で2, 3万円くらいなので体を鍛えるのが面倒な人かそもそも既に鍛えられている人は買うといいと思います。

まあそういうことで、今度はスタンディングデスクとか買おうかなとなるのですが、金にものを言わせてすべてを解決しようとしても椅子の二の舞になるだけだし、そもそもものを言わせる金もない。じゃあ延々と椅子に座るのを単にやめて、たまに立ち上がってみることにしよう、とふと思い立ったわけです。今日。
その思い立ったときもまた椅子に座っていたので、そのまま椅子の上に立ってみようかな、と。バロンは高級なだけではなくて、重さが25kgくらいあるヘビーな椅子なので、私の土から掘り出したばかりのゴボウのような肉体が屹立したところでもう全然安定感なんか損なわれないから、椅子で立ち上がっても安心なんです。そういう包容力がある。
それで、椅子の上に立つと、ずっと同じ体勢をとっていたばかりに圧迫されていた血管やら神経やら筋肉やら関節やらが解放される感じでかなりよかったのですが、ついでに手を伸ばせば天井に届くことにも気付いて、触ってみたわけです。この部屋に住んでそろそろ8年くらいになりますけど、まだ一回も天井を触ったことってなくて、ずっと壁の壁紙と天井の壁紙(壁紙?)が同じだと思っていたのに違って、壁の壁紙は割とざらざらとしていて爪を研いだりするのにいい感じなのですが、天井の壁紙はざらざらが控えめで、まあせいぜいざらくらいなんだとか、初めて気付いたこともあり、天井触り童貞を卒業した記念すべきこの瞬間のことを書き残しておきたい、と思ったんです。

その瞬間、冒頭の話に戻るんですけど、あ、これは今までインターネットで書いてきた文章のトーンでは書けないと、私なんかは気付いてしまうわけですね。「やれやれ、ついに僕は天井に触れた。」とか書いたら、「あ、ついに気が触れたか」と思われるのが関の山です。
かと言って、10年に及ぶTwitterの経験を生かして140字にまとめ、しかも多少の知性とユーモアを添えることもできなくはないが、そうして1ツイートなんかにしてしまうにはもったいない、何せ8年間にわたって天井は誰からも求められてこなかったし、その肌に触れてくれる人などいなかったけど、今日こうしてまた人の手の温かみを知ることができたわけですから。その前は多分大工さんとかが触ったと思いますけど。つまり、僕だけでなくて、天井にとっても記念すべき日だということです。

じゃあこのことを徹底的に書いてやりたい。しかも今までに使ったことのない文体で、という意欲作が今回なわけです。
このブログの他の記事と読み比べてみて欲しいんですけど、どうですか? このテンションの差。かなり親しみやすい文章になったのではないでしょうか? ちょっと知性を織り込むのには失敗したかもしれませんけど多少のユーモアは散りばめられたんじゃないでしょうか。あなたはそうは思わないかもしれないけど、私はそう思いますし、私だけは私のことを認めてやりたい、と思います。これを読んでたまにはこういう感じで書けよと思ったらいいねをつけて欲しいし、全然いいねがつかなかったら今後はずっと政治の話をします。