The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

面白かった本(2017)

今年も面白かった本を挙げていこうと思う。

今年もあんまり本が読めてないな。というか、新しい作家を全然発掘できていなく、というのももう好きな作家の著作を読んでいくだけで精一杯みたいなところはある。多分だんだん体力が無くなってきているのだろう。困ったものだ。

 

krg.hatenablog.com

昨年は上の記事。今年も順番は特に面白かった順とかではないです。

 

筒井康隆「旅のラゴス」 

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

面白い。というかもっと早く読むべきだった。筒井康隆は「家族八景」とか「最後の喫煙者」とか「文学部唯野教授」とかから入ったクチなのでなんというか皮肉屋なのだと思っていたけれど、旅のラゴスは「本当に筒井康隆が書いたのか?」と思ってしまうくらい真っ当に素敵な物語。

人生とは何か、技術とは何か、旅とは何か。旅のラゴスを読むといつでも壮大なスケールの世界に想いを馳せられる。

伊賀泰代「採用基準」

採用基準

採用基準

 

かの有名ブロガー「ちきりん」ではないかと専らの噂になっている伊賀泰代が、マッキンゼーにおける人事の経験からコンサルにおける採用基準などについて記した本、と思いきや、実際採用云々のエピソードも含まれているのだが、リーダーシップについての話が結構な割合を占め、そしてそこの主張がなかなか良いと感じた。

具体的にはリーダーシップっていうのは役職的なリーダーだけが持っているべきものではないんですよ、全員がリーダーシップを持って行動しなきゃいけないんですよ、といった感じ。これはインターン先で社員さんに勧められて読んだ。

伊藤計劃虐殺器官」 

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

僕はSFはそれなりに好きなので、伊藤計劃の名は昔から知っていた。書店で著作を手に取ったことも何度かある。しかし今年に入るまで実際に読むことはなかった。これは昨年も同じことを書いたが、やはり本というのは時宜を得られるまで読むことはできないし、その時が来たらすらすらと読めるものなのだろう。不思議だ。

というわけで虐殺器官を今一度手に取ったら読めたのでそのまま購入した。そしてその勢いでひたすら読んだ。面白かった。これがデビュー作か、と思うと凄まじい。

ヴィトゲンシュタイン論理哲学論考」(丘沢静也訳)

論理哲学論考 (光文社古典新訳文庫)

論理哲学論考 (光文社古典新訳文庫)

 

「論考」である。難解である。理解できたとは到底言えない。この本を生み出す知性とはなんなのだろうと思わされる。「これによって哲学の全てが解決した」とヴィトゲンシュタインは当時思ったらしいがマジでクールじゃないか。私などなんと凡庸な能力の持ち主だろうか。ちなみに岩波とかも出してると思うけれど安定の光文社古典新訳文庫を購入。同文庫は翻訳が本当に良質な気がしているので頑張ってほしい。

「論考」の最大のいいところは、何かあった時に「おいおい、俺の本棚には『論考』があるんだぜ?」と心の中でマウンティングできるところである。間違いない。

鷺沢萠葉桜の日

葉桜の日 (新潮文庫)

葉桜の日 (新潮文庫)

 

鷺沢萠は去年の記事に書いていると思い込んでいたが(そして去年の記事に書いた作家はなるべく出さないようにしているのだが)、出ていなかったので喜び勇んで出す。

彼女のエッセイは確か去年から読んでいたと思うのだが、実際彼女の小説を読んだのは今年に入ってからだしちょうど良い。というわけで葉桜の日である。この本には短編が2本収められていて、表題作の「葉桜の日」と「果実の舟を川に流して」である。私が特に感銘を受けたのは後者で、この作品は進学校に進みながらレールから外れ横浜の夜のお店で働く青年を主人公としている。鷺沢自身も学芸大の附属中から雪谷高校を経て上智大学に進学しながら、(彼女のエッセイから推察するところ)遊び呆けていた人間である。結果として大学を除籍になっている。作者が主人公の青年の心情として作者自身の感情を描いている感じがどことなくする。私もレールを踏み外しかかっているので大いに共感してしまうのだった。

この本に収められている作品は、どちらも20歳とか21歳で書かれたものだったと思うが、その年齢でこれを書く筆力は圧倒的だ。余談になるが鷺沢萠アンサイクロペディアは一見貶しているようでこれは結構な彼女のファンが書いたのだろうなと思う。愛されている。自殺なんかするべきじゃなかったのに。でも彼女が私の6歳の誕生日に命を落としたために彼女のことを知り、彼女の著作を読んでいると思うと感慨深い。とにかく、私にとって鷺沢萠は特別な作家だ。

オルダス・ハクスリーすばらしい新世界

ハヤカワはいい仕事をした。このディストピア小説の傑作を大森望が翻訳するなんて夢のようではないか。多分今年はカズオ・イシグロの作品で儲かっていると思うので何よりだ。

1984年」と同様のディストピア小説ではあるが、1984年が見るからに生きづらそうな世界なのに対してこちらの世界は一見かなり「幸福」な世界である。なんせ、副作用のないドラッグ的なものをキメて幸せな気分になってフリーセックスをしましょう、的な世界なのである。その実、この世界は徹底的な管理や抑制に基づいたディストピアでは確かにあるのだが、私が今生きている現実の世界、飢餓や貧困や戦争や暴力の絶えない世界と比べれば、ほとんどの人にとっては作中の世界の方が「幸福」なのではないか? と思わされるのだ。真実や知性というものは、平和や幸福がある程度社会に実現して初めて重要になるのではないだろうか。多くの人間にとっては、科学のシステムなんかより明日のご飯があることの方がずっと大事なのではないか、というようなことを考えさせられた。

小林章「欧文書体」・「欧文書体2」 

欧文書体―その背景と使い方 (新デザインガイド)

欧文書体―その背景と使い方 (新デザインガイド)

 
欧文書体 2 定番書体と演出法 (タイポグラフィの基本BOOK)

欧文書体 2 定番書体と演出法 (タイポグラフィの基本BOOK)

 

ずっと読みたかったのだが、大学の図書館にあった。 高い学費を(親が)払っている甲斐があるというものである。

この本から得られるたった1つの真実。書体は文化である。

日本戦没学生記念会きけ わだつみのこえ

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

 

戦争によって没した学生たちの手記をまとめた本。有名すぎるので今更紹介するまでもないのかもしれないが。

これを読んで戦前の日本にも民主主義の精神はきちんと存在したのだと思った。国民には、少なくとも高度な教育を受けた国民には民主主義の思想は存在していたのに、国家には存在しなかった。その残酷な失敗から私たちは何を学んだだろうか。そしていつの時代も学生は私たちの世代と大きくは変わらないような青臭いことを言っている。

手記を遺した学生たちが、例えば20年後に生まれていたら彼らは学徒出陣なんかで命を落とすことはなかっただろう。学生運動なんかに参加して立てこもりでもやっていたかもしれない。

その時代に生まれたというだけで人生を翻弄される。その時代に生まれていなかったら孫に囲まれて死ねたかもしれないのにその時代に生まれたがために海の藻屑となって死ぬ。私という一個人には、その「時代の流れ」を変えることは難しい。今のところ世の中はそんなに不穏でもないが、これからどうなるかはわからない。私とてこれらの手記を遺した学生のように戦禍のなかに死ぬのかもしれない。

人生って人間には全然どうにもならない部分があるな、と思って絶望してしまう。戦争だけが不幸ではないし、戦争によって幸福になる人間もどこかにはいるのかもしれないが、戦争は少なくとも起きて欲しくない、と自然に思う。

 

他にも読みはしたのだがいささか疲れてきたのでこの辺で終わりにする。気が向いたら追加しようと思う。

 

追加(2018-02-11)

テッド・チャンあなたの人生の物語

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

ひどく良質なSF短編集。「あなたの人生の物語」は確かによくできているが、個人的に一番好きなのは「顔の美醜について」、次いで「理解」。

 

今年買ったのに積ん読になっている本や、ずっと読みかけている本がたくさんあるのでそういった本の一部は来年以降まとめられたらいいなと思う。来年も素敵な本に出会いたい。